• RECOMMENDED MEDIA INFORMATION

    Conde Nast Traveller December 2023 ”芸術と芸術的味わい”
    Conde Nast Traveller December 2023 ”ART AND ARTISTRY”
    Conde Nast Traveller December 2023 ”艺术与艺术”

    .



    Discover Japan 2019年11月号 “新種の酵母を発見!発酵をデザインする七代目の味噌づくり”
    Discover Japan November 2019 “Discover a new kind of yeast! Making Miso for the Seventh Generation Designing Fermentation”
    Discover Japan 2019年11月號 “發現新型酵母!為第七代發酵發酵製作味噌”

     



    Discover Japan Web “150年の伝統を守る「ヤマモ味噌醤油醸造元」が革新的と言われる理由”
    Discover Japan Web “The reason why “Yamamo Miso and Soy Sauce Brewing Company” who maintains the tradition of 150 years is said to be innovative”
    Discover Japan Web “保持150年傳統的”Yamamo味噌醬油釀造商”之所以創新的原因”

     



    STAY AKITA “モダンデザインの感性が伝統と調和する”
    STAY AKITA “The sensitivity of modern design is in harmony with tradition”
    STAY AKITA “現代設計的敏感性與傳統和諧相處”

     



    ONBEAT_vol.10 “世界に醸造業の魅力を発信し、発酵食文化と地域に新たなブランド価値を創出”
    ONBEAT_vol.10 “Disseminate the appeal of the brewing industry to the world and create new brand value in the fermented food culture and region”
    ONBEAT_vol.10 “向全世界傳播釀造業的吸引力,並在發酵食品文化和地區創造新的品牌價值”

     



    日本VE協会誌 バリュー・コンピテンシー 2017夏号 “ローカルから世界へ「伝統」の価値を届ける”
    Japan VE Association Magazine Value Competency 2017 Summer Issue ”Deliver the value of” tradition “from local to the world”
    日本VE協會雜誌 Value Competency 2017年夏季刊 “從本地到世界傳遞傳統的價值”

    .

    .

    Archive

    海外メディア情報 | OVERSEAS MEDIA INFORMATION | 海外媒體信息

    新聞メディア情報 | NEWSPAPER MEDIA INFORMATION | 報紙媒體信息

    雑誌メディア情報 | MAGAZINE MEDIA INFORMATION | 雜誌媒體信息

    テレビメディア情報 | TV MEDIA INFORMATION | 電視媒體信息

    書籍メディア情報 | BOOK MEDIA INFORMATION | 預訂媒體信息

    地方メディア情報 | LOCAL MEDIA INFORMATION | 當地媒體信息

     

  • 記事掲載のお知らせ_あきた経済 May 2023

    御令孫の原太さんが丁寧にご案内するものです。白井晟一関連の書籍からも中々確認することができない生きた情報が掲載されています。取材チームには弊社にもお越しいただき、レストラン利用を含めてお話させていただき、よく意見交換をすることができました。

    原太さんとは2010年から交流を続けており、茶室や庭園などの重厚な取り組みをご一緒しています。今回はその経緯にも少し触れていただき、また、建物の基本情報として原太さんとの仕事である”幽玄席”が名前として残ることに感慨深いものを感じています。

    白井晟一が湯沢で触れた”旦那衆”と呼ばれる方々のご縁から多くの建築が生まれ、街をかたちづくっていったこと。その仕事が後世まで残り、語り継がれていること。私たちの仕事がその一部を担いながら時代を超えて地域に寄り添えることに喜びを感じています。産業と文化を繋ぎ、私たちにしかできないことを追求していきたいと思います。ぜひ、誌面をご覧ください。

     年前.

    News of Article Publication_LIXIL eye JANUARY 2023 no.28

    LIXIL eye”, an information magazine on architecture and urban development, features the work of Yamamo. Mr. Genta, a grandson of Seiichi Shirai, carefully guides visitors through the architectural complexes left behind by Seiichi Shirai. The article contains information that cannot be found even in books related to Seiichi Shirai. The interview team also visited our company and had a chance to talk with him, including the use of our restaurant, and exchange opinions with him often.

    We have been in contact with Mr. Genta since 2010, and we have been working together with him on the tea house, garden, and other stately initiatives. I was deeply moved by the fact that the “Yugen-seki,” which is the basic information about the building and his work with Mr. Genta, will remain as the name of the building.

    Many architectural works were born from the relationships with the “masters” that Seiichi Shirai came in contact with in Yuzawa, and they shaped the city. Their work has been handed down to future generations. We are delighted that our work has played a part in this and that we are able to stay close to the community throughout the ages. We will continue to pursue what only we can do, connecting industry and culture. Please take a look at our magazine._mediainfo._magazine

    .

    報紙出版_LIXIL eye JANUARY 2023 no.28

    我們公司 Yamamo 的努力已刊登在建築和城市發展信息雜誌“LIXIL eye”上。 白井徵一的孫子原太先生將細心帶您參觀白井徵一留下的建築物。 它包含即使是與白井晟一有關的書籍也無法輕易確認的實時信息。 採訪組還參觀了我們公司並談到了使用餐廳的情況,我們能夠很好地交換意見。

    我從 2010 年開始接觸原太先生,我們共同致力於茶室和花園等具有深遠意義的項目。 這次稍稍涉及了歷史,原先生的作品“遊元石”的建築物的基本信息仍保留為名稱,這讓我深受感動。

    白井晟一在湯澤結識了被稱為“丈夫”的人,許多建築由此誕生,城市也隨之成型。 作品留傳後世,流傳至今。 我們很高興我們的工作在其中發揮了作用,並且隨著時間的推移,我們與當地社區的關係越來越密切。 我們願連接產業與文化,追求只有我們能做的。 請看一下雜誌。

    .

    .

    産業観光による再生

    髙橋泰(ヤマモ味噌醤油醸造元 髙茂合名会社 代表社員)

    .

    事業内容

     弊社は1867(慶応3)年創業の味噌醤油醸造元です。栗駒山系の伏流水を用い、7つある土蔵を利用し、天然醸造を行っています。長年にわたる蔵付酵母の研究からオリジナル酵母Viamver®(ヴィアンヴァー)を発見し、これを利用したワインなど業界を超えた革新的な製品開発を行っています。また、味噌醤油の販売のみならず、ファクトリーツアー、レストラン、アートギャラリーなど様々なコンテンツを積層させ、最終目的地として利用していただけるよう、産業観光に取り組んでいます。この産業観光により、インバウンドとアウトバウンドの双方を行う蔵として伝統産業の未来を模索しています。

    .

    伝統を基礎とした革新的技術

     Viamver®酵母は、従来と異なる様々な角度から試験を行った10年目の醸造物から発見した、蔵付酵母をルーツにした特殊な酵母です。本酵母の効能を客観的に残すべく、2020年に日本醸造学会で発表を行い、2022年には特許を取得しました。通常、味噌醤油の醸造に活用される酵母は好塩性で、塩分環境下で活躍するものです。しかしViamver®は好塩性であるだけではなく、無塩でも活動ができ、かつ、アルコールを6%生成する能力を持つことが分かりました。これにより、世界でも類まれな調味料由来の酵母で酒類製造が可能となり、2021年にはワイン醸造に成功しました。さらに、魚介由来の旨味成分であるコハク酸の生成能力も持ち合わせ、フルーツや吟醸香に似た華やかな香りと肉質改善効果も確認しました。このような複数の効能から、発酵による旨味と香りを付与した特殊な食の世界、ガストロノミーの領域をレストランで体験できるようにしています。
     いま取り組んでいるのが、本酵母を使った「どぶろく」の醸造です。県内外の2社に醸造委託し、県内は新ジャンルのクラフトサケを牽引する男鹿市の「稲とアガベ株式会社」、県外は世界のデスティネーションレストランに選出されたオーベルジュである岩手県の「とおの家 要」と協業しています。この土地で発見された酵母で醸造した酒と料理をペアリングすることで、弊社にしかできないレストラン体験を充実させたいと考えています。

     このように、Viamver®酵母は調味料とアルコールなどの業界の垣根を越えた取り組みを可能とします。最新の取り組みではパン、チーズ、バターへの応用に成功し、その応用領域を拡張することで革新的な製品やサービスを生み出し、日本の伝統産業のコア技術からイノヴェーションを起こし、その価値を世界に示したいと考えております。

    .

    .

    産業観光について

     いま、注力しているのはインバウンドに関する事業です。コロナ禍で旅行代理店が新しいビジネスモデルを模索し、少人数高単価の企画を要望されておりました。もともと弊社は、お一人様500円でファクトリーツアーを受け入れるところからスタートしましたが、ツアーの改善を繰り返し、ワークショップによる実践的学びとガストロノミーによる食のエンターテイメントを実装しました。現在は5,000円で展開し、Viamver®酵母による飲食のペアリング、具体的にはひと口サイズのアペタイザーとワインを木樽の立ち並ぶ諸味蔵の中で召し上がっていただくところからツアーを開始するという高付加価値のサーヴィスを実現しています。

     旅行代理店からは、このペアリング付きのツアーに3皿のコースランチの要望があり、お一人様10,000円というプランをご用意しました。実績として、台湾の方々20名6回の受け入れを今年の1、2月に実施しました。また、3、4月は、米国のハイエンドクルーズ船から、10名ずつ2回の受け入れをしました。お一人様10,000円で20名、他に飲み物やお土産の販売を合わせると、まとまった金額の売上となり、産業観光やインバウンドが産業再生の基軸となれる実感を持ち始めています。

     なお、弊社はコロナ前からインバウンドとアウトバウンドを分けて考えず、アウトバウンドで海外に取引先ができれば、その取引先にインバウンドとして来ていただき、また、インバウンドで来ていただいた方に製品が気に入ってもらえれば、それがアウトバウンドに繋がると考えています。

    .

    ターゲットと質感

     昨年の秋口から、米国シアトルやシリコンバレーからフードテックの役員や投資家の方にお越しいただき、ディナーを提供する機会をいただいております。当時、弊社では「カフェ」の形態をとっていましたが、彼らは「『レストラン』にしないと、自分たちも貴社に顧客を紹介しづらい」というご意見をいただきました。また、価格についても、9皿のディナーで10,000円、ペアリング付きで20,000円だったのですが、「もっと価格を上げないと、格式や内容を世界に提示できない」と価格についても助言をしていただきました。そこから、100年を経過する仕込蔵や初代の蔵などの複数のロケーションを巡りながら9皿のペアリング付きディナーを30,000円で提供するハイエンド向けのモデルをつくることができました。

     当初、弊社は本格的な飲食営業を想定しておりませんでした。蔵元の生活風景や歴史・文化的背景を伝えるための軽度なものを考えていたのですが、コロナ禍のもとでワールドベストレストラン1位のnomaに関係するドイツ人シェフと巡り合い、Viamver®酵母を料理に表現することを始めました。そして、このチームに研究者を加え、多くの実験と試行錯誤を繰り返すことでハイエンドな方々にもご満足いただけるような質を担保することができるようになりました。

    .

    新たな領域へ

     地域の中でハイエンド向けの製品・サーヴィスを行うことは価格設定について問題を抱えることになります。弊社の製品、例えば味噌は150グラムを約600円で販売していますが、国内では非常に高額なラインになります。しかし、実際に海外のハイエンドな方々にとっては、5ドルほどになり、米国内での感覚は日本における200円程度に過ぎません。そのため、「ハイエンドな体験ができる」という旅行代理店の説明があっても、本国の方にギフトとして渡すことができない、安すぎる価格になってしまいます。

     味噌醤油は、日本国内では「食のインフラ」の側面があり、ある程度皆さまが購入できる価格に設定しなければならないのですが、ハイエンドな方々が買える価格帯にしていくことも必要です。インバウンドを戦略にしていく上で、この価格差の問題は、インバウンドを推進する日本全体で考えていくべきことと思っています。

     弊社は、商品やサーヴィスの販売体制を顧客により切り替えていくことで国内と海外の価格差の問題を解消しようと考えています。例えば、ファクトリーツアーの内容を一部変更し、通常は入れないエリアに入れるようにしたり、市場に出さない特別な製品を販売したりなど、外国人向けの高額な価格帯で製品・サーヴィスを提供し、あわせて、地元のお客様にもお使いいただける価格帯も取り揃えます。発酵食で安心安全な食のインフラを提供し、かつ、ハイエンドの嗜好品までを扱うことは、長く続く調味料メーカーだからこそできる未来型の取り組みであると考えています。また、課題が山積する地域の伝統産業が新たな領域を開拓していく姿を見せていくことが、地域再生の兆しを生み出します。

    .

    .

    今後の展開

     以前から、宿泊設備を備えたレストランである「オーベルジュ」の達成を目標にしておりましたが、実現できないまま今日に至っています。そうしたお客様は「ヤマモの世界観」を評価し、それを理解するために宿泊したいという欲求を持っています。一昨年前から、弊社や地域に残る独自文化の再構築による環境整備を進めています。19年連続日本一の庭園、足立美術館を手掛けた小島佐一の最後の弟子・横山英悦氏に弊社庭園の再監修をしていただき「辿柒園(せんしつえん)」と命名しました。また、戦中に湯沢に疎開したモダニズム建築家の白井晟一のご令孫・白井原太氏と茶室「幽玄席」を建築し、専門家や文化人との協業による価値の蓄積を続けています。本年はこのチームにより、敷地内の蔵をリノヴェーションし一棟貸しの宿にすることで、上質な文化体験のできるオーベルジュの実現を目指します。

     また、台湾の方々にお越しいただいたことがありましたが、それは東北の際立ったコンテンツを巡るツアーで、飛行機で成田に到着し、そこからシャトルバスで蔵王スキー場に行き、弊社でツアーランチを行い、銀山温泉に泊まるというものでした。外国人旅行客の移動は、都道府県は関係なく、目的地が遠くても限られた日程の中で行きたいところには訪れるというものです。彼らに選ばれる場所になるためには、日本人のイメージする秋田県や東北といった行政区の「面」で受け止める意識ではなく、単独でも目的地となる「点」の意識を持つことが個性を際立たせる上で重要になります。「個性を追求した結果、お客様に選ばれたルートが『面』となる」と考えていくべきです。今後も、弊社はそういった意識と戦略を持って歩みを進めていきたいと思っています。

    .

    地域全体の生き残り

     ローカルにおいて、地元に根ざした産業やメーカーが高級化路線に舵を切り、地元向けの商売を捨て、生き残りをはかる方法論はあり得ると思います。その方法だと産業自体は短期的に生き残る可能性はありますが、弊社が成し遂げたいことは長期の視座を持ち、自社だけの生き残りではなく、地域全体で存続していくことです。学校や病院などの地域の様々なインフラをしなやかに維持しながら、自社も存続していくという考えのもと、地元の方々と共に歩んでいけるようなモデルをつくりたいと思っています。

     弊社が、メーカーとしてのブランドを確立し、地元に寄り添いながら地域の再生をはかっていくことが国内でも他に先駆けたモデルになれると思います。もちろん、全ての業者がハイエンド向けのサービスをする必要はありません。しかし、再生や発展の領域は必ずハイエンドからもたらされ、徐々に波及していきます。ハイエンドのニーズを受け止められる存在や評価が、多くの方々に選ばれる場所になるのです。技術革新により産業の在り方はどんどん変化していきます。未来の消費は観光などエンターテイメントにシフトしいていきます。その中で地域がどのような歴史や文化と共に歩みを進め、産業発展し、その土地が耕されたのか。土地にその形跡を残しながらエンターテイメントを取り入れ、イノヴェーションを起こすべく研鑽を積み、古くて新しい産業として価値を提案できる存在でありたいと考えています。

    .

    .

  • 記事掲載のお知らせ_LIXIL eye JANUARY 2023 no.28

    建築・まちづくり情報誌”LIXIL eye”に弊社ヤマモの取り組みが掲載されております。白井晟一の残した建築群を御令孫の原太さんが丁寧にご案内するものです。白井晟一関連の書籍からも中々確認することができない生きた情報が掲載されています。取材チームには弊社にもお越しいただき、レストラン利用を含めてお話させていただき、よく意見交換をすることができました。

    原太さんとは2010年から交流を続けており、茶室や庭園などの重厚な取り組みをご一緒しています。今回はその経緯にも少し触れていただき、また、建物の基本情報として原太さんとの仕事である”幽玄席”が名前として残ることに感慨深いものを感じています。

    白井晟一が湯沢で触れた”旦那衆”と呼ばれる方々のご縁から多くの建築が生まれ、街をかたちづくっていったこと。その仕事が後世まで残り、語り継がれていること。私たちの仕事がその一部を担いながら時代を超えて地域に寄り添えることに喜びを感じています。産業と文化を繋ぎ、私たちにしかできないことを追求していきたいと思います。ぜひ、誌面をご覧ください。

     年前.

    News of Article Publication_LIXIL eye JANUARY 2023 no.28

    LIXIL eye”, an information magazine on architecture and urban development, features the work of Yamamo. Mr. Genta, a grandson of Seiichi Shirai, carefully guides visitors through the architectural complexes left behind by Seiichi Shirai. The article contains information that cannot be found even in books related to Seiichi Shirai. The interview team also visited our company and had a chance to talk with him, including the use of our restaurant, and exchange opinions with him often.

    We have been in contact with Mr. Genta since 2010, and we have been working together with him on the tea house, garden, and other stately initiatives. I was deeply moved by the fact that the “Yugen-seki,” which is the basic information about the building and his work with Mr. Genta, will remain as the name of the building.

    Many architectural works were born from the relationships with the “masters” that Seiichi Shirai came in contact with in Yuzawa, and they shaped the city. Their work has been handed down to future generations. We are delighted that our work has played a part in this and that we are able to stay close to the community throughout the ages. We will continue to pursue what only we can do, connecting industry and culture. Please take a look at our magazine._mediainfo._magazine

    .

    報紙出版_LIXIL eye JANUARY 2023 no.28

    我們公司 Yamamo 的努力已刊登在建築和城市發展信息雜誌“LIXIL eye”上。 白井徵一的孫子原太先生將細心帶您參觀白井徵一留下的建築物。 它包含即使是與白井晟一有關的書籍也無法輕易確認的實時信息。 採訪組還參觀了我們公司並談到了使用餐廳的情況,我們能夠很好地交換意見。

    我從 2010 年開始接觸原太先生,我們共同致力於茶室和花園等具有深遠意義的項目。 這次稍稍涉及了歷史,原先生的作品“遊元石”的建築物的基本信息仍保留為名稱,這讓我深受感動。

    白井晟一在湯澤結識了被稱為“丈夫”的人,許多建築由此誕生,城市也隨之成型。 作品留傳後世,流傳至今。 我們很高興我們的工作在其中發揮了作用,並且隨著時間的推移,我們與當地社區的關係越來越密切。 我們願連接產業與文化,追求只有我們能做的。 請看一下雜誌。

    .

    .

    .

    .

    .

    .

    建築のまちを旅する 湯沢・横手

    人々との縁から広がった白井晟一の地方建築での試み

    ナビゲーター|白井原太

     異端の建築家といわれる白井晟一は、戦後の1940年代後半から60年代にかけて秋田県南部の湯沢・横手地域で多くの建物を設計した。そのうちいくつかは現在も使用されている。湯沢は白井が東京に設計した「試作小住宅」が移築された地でもある。

     湯沢・横手での仕事は戦後の白井の仕事の出発点となった。しかし地縁があったわけでもないのに、なぜ設計の仕事を得られたのか。白井晟一の孫で建築家、さらに湯沢市ふるさと応援大使を務める白井原太氏の案内で、いまに残るこの地の白井建築を訪ねた。

    <中略>

     白井が公共的な建築を手掛けるようになったのは晩年のため、初期に設計した建物で実際に見られるものは少ない。しかし湯沢にはまとまって残るうえ、旅館のように宿泊できる建物もある。この利点を湯沢の活性化に活かしていけないだろうか。原太氏にとって力強い仲間になるのが、ヤマモ味噌醤油醸造元7代目の髙橋泰氏だ。髙橋氏は大学で建築を学び、家業を継いだあとは、味噌醤油という伝統産業に新たな価値を示す活動に力を注ぎながら、拠点とする湯沢市岩崎地区のまちづくりも進めている。

     原太氏は試作小住宅の移築を機に初めて湯沢を訪れて以降、この地の人たちとの繋がりを深めている。「父・彪介に湯沢に連れて来られたことはないのですが、僕は息子を時々連れてきています。先々建築をやらせようというわけではなく、人とのつながりから生まれたものを見せたくて。父も祖父と一緒に来たことがあったそうです」。

     白井は人のつながりから、建築という「モノ」を湯沢・横手にいくつもつくった。原太氏は人のつながりを元に、湯沢・横手で「コト」をつくり出そうとしている。いつの世も、人々のつながりから新たな動きが起こる白井が湯沢に残したものは建物だけではないのだ。(記事抜粋)

    .

    白井原太 しらい・げんた

    1973年東京都生まれ。1997年多摩美術大学美術学部建築学科卒業。設計事務所勤務を経て、2000年より白井晟一建築研究所。建築、内装デザインの仕事のほか、祖父である建築家・白井晟一の仕事の保存、利活用にも取り組む。まち並や建築を描くことがライフワーク。著書・編集に『白井晟一の手と目』(鹿島出版会)、『白井晟一、建築を語る:対談と座談』(中央公論新社)など。2020年より秋田県湯沢市のふるさと応援大使を務める。

    .

    ヤマモ味噌醤油醸造元

    設計|佐藤才治
    改修設計(幽玄席)|白井原太 / 白井晟一建築研究所・アトリエNo.5
    竣工|1878年
    改修(幽玄席)|2021年より
    湯沢市岩崎岩崎124

    豪壮な店構えに、黒塀の向こうに再整備した約300坪の回遊式庭園「辿柒園(せんしつえん)」が広がる。初代が味噌・醤油づくりを始めたのは1867年。以来、歴代の当主は、この地の教育・文化の普及にも力を注いできた。7代目当主・髙橋泰氏が家業を継いだのは2007年のこと。と同時に、味噌醤油づくりの仕事を魅力あるものにしたいとの信念から大改革に踏み切った。パッケージを刷新し、自宅の一部はカフェに一新。独自の酵母菌を使った料理を、カフェレストラン、諸味蔵、さらに白井原太設計で白井晟一の「幽玄」の書にちなんで設けた茶室「幽玄席」や建物全体を巡りながら、1品ずつ供していく体験型ディナーツアーも始めた。発酵食文化の発信だけにとどまらず、岩崎エリアの活性化を目指す髙橋氏にとって、挑戦はまだまだ続く。

    .

    Traveling in the City of Architecture Yuzawa/Yokote

    Seiichi Shirai’s attempts at vernacular architecture that spread from his relationships with people

    Navigator|Genta Shirai

     Seiichi Shirai, considered an unorthodox architect, designed many buildings in the Yuzawa and Yokote areas of southern Akita Prefecture from the late 1940s to the 1960s after World War II. Several of these buildings are still in use today. Yuzawa is also the site where the “Prototype Small House” that Shirai designed in Tokyo was relocated.

     The work in Yuzawa and Yokote became the starting point for Shirai’s postwar work. But how was he able to obtain design work when he had no geographical ties to the area? We visited Shirai’s architectural works in this area, which still remain today, guided by Mr. Genta Shirai, grandson of Seiichi Shirai, architect, and Yuzawa City hometown support ambassador.

    <Overview>

     Shirai began working on public buildings in his later years, and few of the buildings he designed in his early years can actually be seen. However, in Yuzawa, there are buildings that remain in clusters, and some of them, like ryokan (Japanese-style inns), offer lodging. Why not take advantage of this and use it to revitalize Yuzawa? Mr. Yasushi Takahashi, the seventh-generation owner of Yamamo Miso Soy Sauce Brewery, will be a powerful ally for Mr. Genta. Mr. Takahashi studied architecture at university, and since taking over the family business, he has focused on creating new value for the traditional miso and soy sauce industry, while at the same time promoting community development in the Iwasaki district of Yuzawa City, where he is based.

     Since his first visit to Yuzawa when the prototype small house was relocated, Mr. Genta has deepened his connection with the people of the area. My father, Hyosuke, has never brought me to Yuzawa, but I sometimes bring my son here. It’s not that I want him to do architecture in the future, but I wanted to show him something that was born out of my connections with people. My father once came here with my grandfather,” he says.

     Shirai has created a number of architectural “objects” in Yuzawa and Yokote based on human connections. Mr. Genta is trying to create “things” in Yuzawa and Yokote based on human connections. In every generation, new movements are born from the connections among people, and Shirai’s legacy in Yuzawa is not limited to buildings alone. (Excerpts from the article)

    .

    Genta Shirai

    Born in Tokyo in 1973, Shirai graduated from the Department of Architecture, Faculty of Fine Arts, Tama Art University in 1997. After working for a design firm, he joined the Shirai Seiichi Architectural Institute in 2000. In addition to his work in architecture and interior design, he is also involved in the preservation and utilization of the work of his grandfather, architect Seiichi Shirai. Drawing cityscapes and architecture is his life’s work. He has written and edited several books, including “Shirai Seiichi’s Hands and Eyes” (Kajima Press) and “Shirai Seiichi, Talking about Architecture: Dialogue and Discussion” (Chuokoron Shinsha) He has served as a hometown support ambassador for Yuzawa City in Akita Prefecture since 2020.

    .

    Yamamo Brewery

    Design|Saiji Sato
    Renovation Design (Yugen-seki)|Genta Shirai / Shirai Seiichi Architectural Institute, Atelier No.5
    Completed|1878
    Renovation (Yugen-seki)|From 2021
    124 Iwasaki, Yuzawa City

    The grandiose storefront is surrounded by a redeveloped, circular garden “Senshitsuen” of approximately 3,000 square meters behind a black wall. The first generation began making miso and soy sauce in 1867. Yasushi Takahashi, the seventh generation head of the family, took over the business in 2007. At the same time, he made a major reform of the business in the belief that he wanted to make the business of miso and soy sauce making more attractive. He revamped the packaging and transformed part of his home into a café. He also started a hands-on dinner tour, where dishes made with his own yeast are served one by one in the café-restaurant, the Moromi-gura, and the “Yugen-seki,” a tea room designed by Genta Shirai and named after the calligraphy “Yugen” by Seiichi Shirai, as well as throughout the building. Mr. Takahashi’s challenge continues as he seeks to revitalize the Iwasaki area beyond the promotion of fermented food culture.

    .

    遊覽建築之城湯澤・橫手

    白井晟一對地域建築的嘗試從與人的聯繫展開

    導航器|白井原太

    白井誠一被稱為特立獨行的建築師,從 20 世紀 40 年代後期到戰後的 1960 年代,他在秋田縣南部的湯澤和橫手地區設計了許多建築物。 其中一些至今仍在使用。 湯澤也是白井在東京設計的“原型小屋”搬遷的地方。

    在湯澤和橫手的工作是白井戰後工作的起點。 但是,為什麼即使您與該地區沒有聯繫,您也會得到一份設計工作? 建築師白井晟一的孫子、湯澤故鄉的城市大使白井元太帶領我們參觀了這一地區僅存的白井建築。

    <略>

    由於白井晚年開始從事公共建築,他早年設計的建築很少能真正看到。 但是,在湯澤,也有可以像旅館一樣住宿的建築物。 難道不能利用這個優勢,振興湯澤嗎? 原先生的得力夥伴是山本味噌醬油廠第七代掌門人髙橋泰先生。 在大學學習建築學並接手家族企業後,髙橋先生專注於為味噌和醬油這一傳統產業展現新價值的活動,同時也在他所在的湯澤市岩崎區推動城市發展.

    原型小屋搬遷時,原太先生第一次訪問了湯澤,此後他加深了與當地人的聯繫。 “我父親美助從來沒有帶我來過湯澤,但我會時不時帶我兒子來這裡。聽說我父親曾經和我爺爺一起來過這裡。”

    白井根據人際關係在湯澤和橫手創造了許多建築“對象”。 基於人際關係,原先生試圖在湯澤和橫手創造“事物”。 白井在湯澤留下的不僅僅是建築物,人與人之間的聯繫催生了新的動向。 (摘自文章)

    .

    白井原太

    1973年生於東京。 1997年畢業於多摩美術大學美術學部建築系。 在設計事務所工作後,他於 2000 年加入白井清一建築研究所。 除了建築和室內設計工作外,他還參與了其祖父建築師白井晟一的作品的保存和利用。 他一生的工作是繪製街景和建築。 著著並編輯了《白井晟一的手和眼》(鹿島出版社)、《白井晟一談建築:對話與圓桌會議》(中央公論新社)。 2020年起擔任秋田縣湯澤市的家鄉支援大使。

    .

    Yamamo味噌醬油釀造商

    設計|佐藤才治
    改造設計(幽玄席)| 白井原太 / 白井晟一建築研究所, Atelier No.5
    完成|1878年
    裝修(幽玄席)| 從 2021 年開始
    湯澤市岩崎岩崎124

    在雄偉的店面前,約 300 坪的重新開發的散步花園“辿柒園”在黑色柵欄外展開。 第一代人於 1867 年開始製作味噌和醬油。 此後,歷代當家都致力於這一地區的教育和文化傳播。 2007 年,第七代當家高橋靖接管了家族企業。 與此同時,他懷著要讓製作大醬和醬油的工作更有魅力的信念,著手進行重大改革。 套餐已經更新,部分房子改成了咖啡廳。 參觀咖啡餐廳諸味蔵和由白井源太設計的幽玄席茶室(以白井晟一的書法“幽玄”命名),享用用我們自己的酵母製作的菜餚。我們還開始了親自動手的晚餐之旅. 對於以振興岩崎地區為目標的高橋先生來說,不僅僅是通過傳播發酵食品文化,挑戰還在繼續。

    .

    .

    LIXIL eye

    .

    ”LIXIL eye”とは

    LIXIL eyeは「建築・まちづくりから生活文化を探求する情報誌」として、建築やまちづくりの計画や設計にお役立ていただけるさまざまな特集記事をお届けするLIXIL発行の情報誌です。

    .

    About “LIXIL eye”

    LIXIL Eye is an information magazine that explores lifestyle and culture through architecture and urban development, and provides a variety of feature articles that are useful for planning and designing architecture and urban development.

    .

    什麼是”LIXIL eye

    LIXIL eye 是一本信息雜誌,由 LIXIL 出版,作為從建築和城市發展探索生活方式文化的信息雜誌,提供對規劃和設計建築和城市發展有用的各種專題文章。

    .

    .

  • 番組放送のお知らせ_Discovery Channel

    220カ国以上の国々で放送されるディスカバリーチャンネルにて弊社ヤマモのViamver®︎酵母を中心とした取り組み内容が放送されています。撮影と編集は秋田のローカルチームが行い、イギリス人プロデューサーのDaniel Brookesとフランス人映画監督Yves Montmayeurが監修したものです。

    雪国の土地や環境、そこにある蔵のルーツを紐解きながら実験を行い、特殊酵母の発見に至ったことや、それを活かした革新的発酵技術による伝統産業の再構築が外国人の視点でもインパクトがあると感じていただけたことは、本当に嬉しいことです。

    私たちは、その土地その人ならではの土着文化や美意識が、生活の景色をより豊かにし、未来に残すべき価値となることを信じています。人類はそれらを連続させることで世界を色鮮やかにしてきました。私たちも土地に貢献し、連続する美の一部となれるよう、取り組みを進めていきたいと思います。ぜひ、放送内容をご覧いただきたいと思います。

    .

    News of Program Broadcast_Discovery Channel

    The Discovery Channel, which broadcasts in more than 220 countries, is broadcasting the content of our Yamamo’s Viamver®︎ yeast and other initiatives. It was filmed and edited by a local Akita team and supervised by British producer Daniel Brookes and French filmmaker Yves Montmayeur.

    We are very happy that even from a foreigner’s point of view, we were able to have an impact on the discovery of special yeast through experimentation while unraveling the roots of the land and environment of the snow country and the breweries located there, and the reconstruction of a traditional industry through innovative fermentation techniques that take advantage of this yeast.

    We believe that indigenous culture and aesthetics unique to a place and its people enrich the landscape of life and become a value to be preserved for the future. Mankind has made the world more colorful by creating a continuum of these things. We would like to contribute to the land and promote our efforts to be part of the beauty of continuity. We hope you will watch the broadcast._mediainfo._overseas_tv

    .

    節目播出公告_Discovery Channel

    在 220 多個國家/地區播放的探索頻道播放了我們 Yamamo 以 Viamver®︎ 酵母為中心的努力。 由秋田當地團隊拍攝和剪輯,由英國製片人丹尼爾布魯克斯和法國電影製片人伊夫蒙馬耶監督。

    在解開雪國的土地和環境以及那裡的啤酒廠的根源的同時進行實驗,發現了一種特殊的酵母,利用它進行創新發酵技術重建傳統產業,即使從外國人的角度來看也有影響觀點。我真的很高興你覺得有。

    我們相信,每一片土地及其人民所特有的原住民文化和審美情趣,將豐富生活的風景,成為未來應該保留的價值。 人類通過將它們連接起來,使世界變得豐富多彩。 我們願繼續努力,為這片土地做貢獻,成為源源不斷的美麗的一部分。 我希望你能看一下廣播的內容。

    .

    .

    .

    .

    .

    THE FUTURE OF FERMENTED FOOD

    .

    .

    Discovery Channel_Explorer’s Collection JAPAN

    .

    ”Discovery Channel”とは

    Discovery Channel は多様性と驚きに満ちた世界の素晴らしさを視聴者に伝える、最高級品質のノンフィクションコンテンツを制作しています。224の国と地域で視聴可能なこのネットワークは、私たちの世界を形作る科学技術、探検、冒険、歴史、そして人々や、場所、組織の舞台裏に至るまで、多岐にわたるジャンルを魅力的でハイエンドな制作技術と鮮明な撮影技術を駆使して提供します。

    .

    About “Discovery Channel

    Discovery Channel produces top-quality nonfiction content that brings viewers into the wonder of a world full of diversity and wonder. 224 countries and territories, the network offers a wide variety of genres that shape our world, from science and technology to exploration, adventure and history, and behind-the-scenes looks at people, places and organizations. The network offers a wide variety of genres ranging from behind-the-scenes looks at the people, places, and organizations that shape our world through engaging, high-end production techniques and crisp, clear cinematography.

    .

    什麼是 “Discovery Channel

    Discovery Channel 製作最高質量的非小說類內容,為觀眾呈現一個多元化和奇妙的世界。 該網絡覆蓋 224 個國家和地區,提供各種類型的引人入勝的高端報導,從科學和技術、探索、冒險和歷史,到塑造社會的人物、地點和組織的幕後故事我們的世界。我們將通過充分利用生產技術和清晰的拍攝技術來提供它。

    .

    Discovery Channel

    .

  • 追加記事掲載のお知らせ_BRUTUS® Web

    BRUTUS11月号の取材終わりで編集チームに同行し、稲とアガベを訪ねました。その際に岡住くんと話をした内容が「発酵新世代の2人が語る、ローカルからの変革。〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉×〈稲とアガベ醸造所〉」のタイトルで記事になっております。Viamver®︎酵母使用のどぶろくの仕上がりを見つつも、醸造業界の未来や世界を取り巻く環境についてお話をしました。2012年から貿易のため海外で感じた危機感や時代の潮流が現在でも社会変革への動機となっています。誌面と合わせまして、ご覧になっていただければと思います。

    .

    News of additional articles_BRUTUS® Web

    At the end of the interview for the November issue of BRUTUS, I accompanied the editorial team to visit Rice and Agave. My conversation with Okazumi-kun during that visit resulted in an article. The title of the article is “Two members of the new generation of fermentation talk about change from the local level. <Yamamo Brewery> x < Ine to Agave Brewery>”While I saw the finished product, a doburoku made with Viamver®︎ yeast, we talked about the future of the brewing industry and the environment surrounding the world. The sense of crisis and current trends that I have felt abroad for trade since 2012 still motivate me to make social changes today. We hope you will take a look at the magazine as well.

    .

    附加文章發布通知_BRUTUS® Web

    BRUTUS 11月末,我陪同編輯團隊參觀了水稻和龍舌蘭。 當時,我和岡澄先生的談話變成了一篇題為“來自新一代發酵的兩個人從地方談起一個變化。<Yamamo味噌醬油釀造廠>×<稲和龍舌蘭釀造廠>”的文章。我在這。我一邊看著使用 Viamver®︎ 酵母的濁酒完成,一邊談到了釀酒業的未來和世界周圍的環境。 2012年以來,海外因貿易而產生的危機感,時代潮流仍在推動著我們改變社會。 希望你和雜誌一起看看。

    .

    .

    発酵新世代の2人が語る、ローカルからの変革。〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉×〈稲とアガベ醸造所〉

    ブルータス972号「人生変えちゃう、おいしい!1泊旅。」で訪ねた、秋田県の2人のニュースター。湯沢市の〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉の7代目・髙橋泰さんが、自社独自の酵母を用い、男鹿市の〈稲とアガベ醸造所〉の代表・岡住修兵さんにオリジナルどぶろくの醸造を委託。発酵の世界に新風を吹き込む2人が邂逅し語った、味噌、醤油、日本酒の未来とは?

    .

    Two members of the new generation of fermentation talk about change from the local level. <Yamamo Brewery> x <Ine to Agave Brewery>

    Two new stars of Akita Prefecture were visited in BRUTUS No. 972, “A Life-Changing Overnight Trip! Two new stars of Akita Prefecture, visited in “BRUTUS No. 972,” “Life-changing, Delicious! Yasushi Takahashi, the seventh-generation owner of Yamamo Brewery in Yuzawa City, commissioned Shuhei Okazumi, the head of Ine to Agave Brewery in Oga City, to brew an original doburoku using his own proprietary yeast. What is the future of miso, soy sauce, and sake, as discussed by these two men, who are bringing new life to the world of fermentation, during their chance encounter?

    .

    來自新一代發酵的兩個人從地方談起一個變化。 〈Yamamo味噌醬油釀造廠〉×〈稲和龍舌蘭釀酒廠〉

    來自秋田縣的兩位新星到訪布魯圖斯972號,“很好吃!一晚改變你的生活。” 湯澤市Yamamo味噌醬油釀造廠的第 7 代老闆髙橋泰使用自己的酵母釀造原始的濁酒,並委託男鹿市稲和龍舌蘭酒廠的代表岡住修平。 味噌、醬油和清酒的未來是什麼?

    .

    .

    発酵新世代の2人が語る、未来の拓きかた

    <岡住>
    僕、(髙橋)泰さんのことをすごく尊敬してるんです。そもそも味噌、醤油の世界で泰さんみたいに海外に打って出て勝負している人はほかにいないですよね。僕が感銘を受けたのは、日本が誇ってきた発酵技術や文化が、いま世界中の食通から注目されるコペンハーゲンのレストラン〈ノーマ〉にその位置を奪われつつあるのを、取り戻そうと闘ってるんだとおっしゃっていたこと。めちゃくちゃかっこいいなと思いました。僕はそんなつもりで酒を造ってなかったから。
    でも日本酒も海外で造られるようになってきて、世界各地で年間10軒くらいの勢いでブルワリーが増え始めています。日本では新規参入できないし、蔵の数は減ってきているなかで、どこかで世界と日本の酒蔵の数って逆転していくと思うんです。いま行動しないと、200年後、300年後の日本酒の未来ってやばいというのは、泰さんから学んだことですね。だから泰さんが、こういう(一緒にどぶろくを造る)話をもってきてくれたのは単純にうれしいです。

    <髙橋>
    それ、初めて聞いたけど(笑)。僕が〈新政酒造〉にお酒のことを勉強しに行ったりしていたときに、岡住くんが〈新政〉で働いていて、その頃からの知り合いだけど、いつも技術的な話ばかりで、そういう話をしたことがなかったからびっくりしました。
    僕らの業界って伝統的なやり方が「最上」という世界なんだけど、それだと自滅の道しかないと思うんです。僕は本当は家業を継ぎたくなかったんですが、ほかに同じような人を生んではいけないと思って。業界の構造を改革しないと、その先の世界がないという思いでやってます。

    .

    Two members of the new generation of fermentation talk about how they are pioneering the future

    <Okazumi>
    I have a lot of respect for Yasushi-san. In the world of miso and soy sauce, there is no one else who is competing overseas like Yasushi-san. What impressed me was that he said he was fighting to regain Japan’s pride in fermentation technology and culture, which is being taken away by Noma, a restaurant in Copenhagen that is now attracting attention from food connoisseurs around the world. I thought that was really cool. I didn’t make sake with that kind of intention.
    But sake is also being made overseas, and the number of breweries around the world is increasing at a rate of about 10 per year. In Japan, it is impossible for new breweries to enter the market, and with the number of breweries decreasing, I think that at some point the number of breweries in the world and Japan will reverse. If we don’t act now, the future of sake 200 or 300 years from now will be in jeopardy, which is what I learned from Mr. Yasushi. That is why I am simply happy that Mr. Yasushi came to me with this idea of making doburoku together.

    <Takahashi>
    This is the first time I’ve heard that (laughs). When I was studying sake at Aramasa Brewery, Okazumi-kun was working at Aramasa, and we have known each other since then, but we always talked about technical matters, and I was surprised because we had never talked about such things before.
    In our industry, the traditional way of doing things is the “best” way, but I think that will only lead to self-destruction. I didn’t really want to take over the family business, but I didn’t want others to follow in my footsteps. I do what I do because I believe that if we don’t reform the structure of the industry, there will be no world beyond it.

    .

    新一代發酵二人談如何開拓未來

    <岡住>
    我非常尊重泰(髙橋)。首先,在味噌和醬油的世界裡,沒有其他人像泰這樣在海外競爭。令我印象深刻的是,日本在發酵技術和文化方面的自豪感,現在正從哥本哈根的餐廳中被拿走,這家餐廳受到了全世界美食家的關注。你說的。我覺得這真的很酷。我沒有考慮到這一點。
    然而,現在清酒正在海外生產,全球釀酒廠的數量以每年約 10 家的速度增長。日本不允許新進入者,清酒釀酒廠的數量正在減少。我從泰那裡了解到,如果我們現在不採取行動,200 或 300 年後清酒的未來將會很糟糕。這就是為什麼我很高興泰山提出了這個想法(一起製作濁酒)。

    <髙橋>
    第一次聽說(笑)。我去信生酒造研究清酒的時候,岡住君在信生酒造工作,從那時起我們就認識了,但我們總是談論技術方面的事情。我很驚訝,因為我從來沒有和他說過話。
    我們這個行業是一個傳統方式是“最好”的世界,但我認為別無選擇,只能自毀。我並不是很想接手家族企業,但我認為我不應該生出像我這樣的人。我相信,除非我們改革產業結構,否則沒有未來。

    .

    .

    世界の場できちんと伝えること

    <岡住>
    伝統の世界って国内が一番固定観念が強いんですよね。そこで勝負しつつ、海外にも広めつつというのは、どちらを優先すればいいのか、僕も悩んでいます。市場として国内を大事にしたいし、国内の人に届けたいという思いもあるけれど、国内の固定観念を変えるためには、海外で広めて……。

    <髙橋>
    海外で評価を得て、逆輸入的に広めたほうが早いですよね。

    <岡住>
    そうなんですよ。海外の発酵クラスターってこの10年くらいですごい育ってきていて、自分たちで麹や味噌や酒を造る人たちが増えてきて、影響力がどんどん高まってますよね。そんななか、日本の発酵技術とはこういうもので、こういう文化があるんだよということを、きちんと世界の場で英語で伝えていきたいというのが、最近考えていることです。それが日本の文化を守っていくことなのかなって。〈ノーマ〉が出している発酵の本をありがたがって買っている日本人って……。僕も買いましたけど(笑)、これって由々しき事態だと思うんです。

    .

    Communicating Properly in the Global Arena

    <Okazumi>
    In the traditional world, stereotypes are strongest in Japan. I am also wondering which should be the priority, to compete in the domestic market or to spread our products overseas. I want to respect the domestic market, and I want to reach people in Japan, but in order to change the stereotypes in Japan, I need to spread the word overseas.

    <Takahashi>
    It would be faster to gain recognition overseas and then spread the word in a reverse-importation manner.

    <Okazumi>
    That’s right. Overseas fermentation clusters have grown tremendously in the past 10 years, and the number of people who make their own koji, miso, and sake has been increasing, and their influence is growing rapidly. In this context, I have recently been thinking about conveying in English what Japanese fermentation techniques are and what Japanese culture is all about in the world. I think this is the way to preserve Japanese culture. Japanese people who are thankfully buying books on fermentation published by “noma” can be found at ……. (I bought it too, but…). I bought a copy myself (laughs), but I think this is a serious situation.

    .

    在世界上正確溝通

    <岡住>
    在傳統的世界裡,刻板印像在日本是最強的。我也想知道在在那裡競爭和向海外傳播之間應該優先考慮哪一個。我想珍惜國內市場這個市場,我想接觸日本人。

    <髙橋>
    在海外獲得聲譽並像反向進口一樣傳播它會更快。

    <岡住>
    這是正確的。在過去的十年中,海外發酵集群發展迅速,自製酒麯、味噌和清酒的人數增加,影響力也在增加。在這種情況下,我最近一直在想,我想用英語正確地向世界傳達日本有什麼樣的發酵技術和文化。我想知道這是否是為了保護日本文化。一個日本人感激地買了一本<noma>出版的關於發酵的書……我也買了(笑),但我認為這是一個嚴重的情況。

    .

    .

    日本のローカルから変革を起こす

    <髙橋>
    マンガ・アニメってコミックマーケットがあったから広がったところがあると思うんです。単独だとその世界を切り拓いていくのは難しくて、突出したところが複数ないとだめ。そういう仲間を意図的につくっていく、技術を伝えていくというフェーズに入っていると思っています。
    秋田のローカルって中央から見ればマイノリティじゃないですか。だけど海援隊みたいなものをつくって、海外の考えの近い人たちと組んでやっていけば中央政府は変えられるかもしれない。変革を起こすメソッドはそこにあると思っています。それができれば、日本のローカルから変革ができる。そうでないと、秋田のような雪国で生き残っていけないと思うんです。そのときに、このエリアにたまたま同時代に生きて考えが近い人たちがいるという幸運を生かさないとなと思っていて。

    <岡住>
    まさに、この1年くらいで、〈新政〉に行って〈ヤマモ〉に行ってうちに来るというバーテンダーや料理人、経営者が増えていて、そういう動きがあるのは面白いですよね。一緒に組んで協力できることはしつつ、世界に発信していくということの、いまがスタート段階。これからもっと面白いことができればいいですね。

    .

    髙橋 泰
    たかはし・やすし/〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉7代目。1979年、秋田県生まれ。製品の海外輸出、インバウンドの受け入れなど事業を拡張。2020年に酵母「ヴィアンヴァー」を発見し、日本醸造学会発表。微生物特許取得。

    岡住修兵
    おかずみ・しゅうへい/〈稲とアガベ醸造所〉代表。1988年、福岡県生まれ。神戸大学で経営学を学び、秋田市の〈新政酒造〉で酒造りを習得。その後、大潟村の〈石山農産〉で米作りを学び、2021年〈稲とアガベ醸造所〉創業。

    .

    Making a Change from Local Japan

    <Takahashi>
    I believe that manga and anime have expanded because of the comic market. It is difficult for a single person to open up a new world, and it is necessary to have several outstanding companies. I believe that we are now entering a phase in which we are deliberately creating such a group of people and communicating our technology to them.
    Akita’s local community is a minority in the eyes of the central government. However, if we create a group like Kaientai and work with people overseas who are close to our ideas, we may be able to change the central government. I believe that is where the method to bring about change lies. If we can do that, we can bring about change from the local level in Japan. Otherwise, I don’t think we can survive in a snow country like Akita. At that time, I think we should take advantage of our good fortune to have people in this area who happen to live and think at the same time.

    <Okazumi>
    It is interesting that in the past year or so, there has been an increase in the number of bartenders, chefs, and business owners who go to Shinsei, Yamamo, and then come to our restaurant. This is an interesting trend. We are at the beginning stage of working together and doing what we can to cooperate, while at the same time communicating to the rest of the world. I hope we can do even more interesting things in the future.

    .

    Yasushi Takahashi
    Born in Akita Prefecture in 1979, Yasushi Takahashi is the seventh generation of the Yamamo Miso and Soy Sauce Brewery. In 2020, he discovered the yeast “Vianver” and presented it to the Japanese Society of Brewing Science. Obtained a patent for microorganisms.

    Shuhei Okazumi
    Representative of Ina to Agave Brewery was born in 1988 in Fukuoka Prefecture. After studying business administration at Kobe University, he learned sake brewing at Shinmasa Sake Brewery in Akita City. Later, he learned rice cultivation at Ishiyama Nosan in Oogata Village, and founded Inna to Agave Brewery in 2021.

    .

    在世界上正確溝通

    <岡純>
    在傳統的世界裡,刻板印像在日本是最強的。我也想知道在在那裡競爭和向海外傳播之間應該優先考慮哪一個。我想珍惜國內市場這個市場,我想接觸日本人。

    <高橋>
    在海外獲得聲譽並像反向進口一樣傳播它會更快。

    <岡住>
    這是正確的。海外發酵集群在過去 10 年迅猛發展,引發日本本土的創新

    <高橋>
    我認為漫畫和動漫的傳播是因為漫畫市場。單獨打開世界很難,除非有多個突出的東西,否則它是沒有用的。我認為我們已經進入了有意識地創造這樣的朋友並傳遞技術的階段。
    從市中心看,秋田當地人是少數。但是,如果我們創造像開恩台這樣的東西,並與海外志同道合的人一起工作,中央政府也許可以改變。我相信有一種方法可以帶來改變。如果我們能做到這一點,我們可以從日本當地改變。否則,我認為我們無法在秋田這樣的雪國生存。那個時候,我想我應該好好利用一下運氣,有人碰巧生活在同一個時代,並且在這個領域有相似的想法。

    <岡住>
    確實,在過去的一年多時間裡,去Shinsei,去Yamamo,然後來我們家的調酒師,廚師和企業主的數量正在增加,看到這種運動很有趣。我們現在正處於與世界交流的起步階段,同時又是一起工作和合作的。我希望我們以後可以做更多有趣的事情。

    .

    髙橋 泰
    <Yamamo味噌醬油釀造商> 第 7 代。 1979年出生於秋田縣。我們通過向海外出口產品和接待入境游客來擴大業務。 2020年,他發現了酵母“Vienver”,並將其贈送給日本釀酒協會。獲得微生物專利。

    岡住修兵
    稲和龍舌蘭啤酒廠的代表。 1988年出生於福岡縣。在神戶大學學習工商管理,在秋田市的荒政酒造精通釀酒。之後,他在緒方村的〈石山農産〉學習種植水稻,並於 2021 年創立〈Ine to Agave Brewery〉。

    .

    BRUTUS
    発酵新世代の2人が語る、ローカルからの変革。〈ヤマモ味噌醤油醸造元〉×〈稲とアガベ醸造所〉

    BRUTUS
    Two members of the new generation of fermentation talk about change from the local level. <Yamamo Brewery> x <Ine to Agave Brewery>

    BRUTUS
    來自新一代發酵的兩個人從地方談起一個變化。 〈Yamamo味噌醬油釀造廠〉×〈稲和龍舌蘭釀酒廠

    .