私たちヤマモは、秋田県湯沢市岩崎の地で江戸末期から味噌と醤油をつくり続けてきました。
この土地では星の信仰(尊像:妙見菩薩 祭神:天之御中主大神)からはじまり、自然の恵みに感謝し、地域の安寧を願う神事や祭りが平安前期から幾世代にもわたって受け継がれてきました。
初代・髙橋茂助は明治16年の蔵建築の同年に神棚を制作し、三山敬愛社(現・月山神社)に入社します。四代目は水神の庭を作庭し、蔵に新たな「仕来り(しきたり)」をつくりました。このように歴代当主もまた、氏子総代を務め、祭礼への奉仕や寄進を重ねるなど、地域の神事と深く関わりながら歩んできました。
.

毎年9月に行われる岩崎八幡神社祭典の神事は、宮司5名に氏子総代10名に関係各位で執り行われる。

神棚から発見された初代の三山敬愛社の入社証。神棚には同社のお札が大量に収められている。

八幡神社の神輿製造時の写真。左から2番目に四代目・髙橋茂助、3番目に本家の七代目・髙橋七之助が氏子総代として連ねる。
.
祭りは、過去から現在へと続く土地の記憶であり、人と人、暮らしと自然、そして祖先と今を生きる私たちをつなぐものでもあります。
私たちが生業としてきた「発酵」もまた、時間の中で育まれる営みです。
米や大豆、水、塩、微生物。そして、そこに生きる人々の知恵と手仕事。それぞれが土地の環境の中で重なり、時間を経ることで、味噌や醤油というひとつの価値へと姿を変えていきます。
.

世代を超えて受け継がれるのは技術だけではなく、身体感覚を通じた蔵の歴史と記憶。

仕込の共同作業は、祭りにも似た営み。

幾世代に渡り経験してきた温度や香り。五感で体感する、かつての仕込の追体験。
.
発酵とは、目に見えない働きと、人の営みと、長い時間が重なり合うこと。その姿は、祭りや神事が土地の中で幾世代にもわたって受け継がれ、少しずつ形を変えながら今へと続いていくこととも重なります。
味噌や醤油が、土地の水や米、気候、微生物、そして人の営みから生まれるように、地域文化もまた、幾世代もの営みの積み重ねによって育まれていきます。
.

パンデミック後の3年ぶりに復活させた八幡神社祭典では、宮司と氏子総代にかがり火と太鼓演奏で参列。

神社の建具を外し、境内を開放。ライトアップと音響機材を入れた演出。神事の後に能恵姫龍神太鼓を余興として披露。

一年に一度、石蔵の神輿御殿から昭和6年に奉納された神輿を出し、神輿渡御を行う。
.
私たちは、先人から受け継いだものを保存するだけではなく、今を生きるものとして次の世代へ手渡していきたい。
神事や祭り、地域に残る祈りや習わしと向き合いながら、発酵という営みを通して、この土地に積み重ねられてきた時間を申し送る。
それが、私たちヤマモがこの土地で蔵の営みを続ける理由のひとつです。
.

仙道番楽の獅子舞を3年ぶりの八幡神社祭典で披露し、役を落とす。

ヤマモに続く仕来りを再解釈。祭典を継承し、宮司による神事と仙道番楽の余興を実験的に行う。

ヤマモ味噌醤油醸造元
七代目 髙橋泰