• 先人の意志を継ぎ、個性を醸す

    家業を継いで以来、私は、先人たちが残したものを何と定義し、どのように受け継ぎ、現代につなぎ、そしてこれからつくるものにどのような価値を与えていくのかを、日々考え続けてきました。

    【私たちの製品についての考え方

    歴代当主が残した製品から、時代ごとの思想と技術を読み解き、継承する

    ・蔵から発見したViamver®酵母と向き合い、その個性が最も発揮される製法と原料を探り、これからの製品をつくる

    築100年を超す発酵熟成の諸味蔵

    発酵を安定させるのか、個性を引き出すのか

    – 木樽とViamver®酵母 –

    近年、木樽発酵の価値が改めて見直されています。

    木という自然素材を用い、長い時間をかけて発酵させること。

    そこには、ステンレスや人工的に管理されたタンクでは生まれにくい、複雑な香りや味わいがあります。

    「木樽だからこそ生まれる味」という言葉も、今ではさまざまな場所で聞かれるようになりました。

    しかし、私たち味噌・醤油の醸造に携わる者にとって、木樽は決して新しいものではありません。

    むしろ、木樽は長い間、当たり前のように存在してきた発酵容器です。

    では、木樽を使うことと、個性的な発酵を目指すことは、本当に同じなのでしょうか。

    私たちは今、そこに一つの問いを持っています。

    発酵とは、安定させることなのか、それとも、個性を引き出すことなのか。

    工場から母屋への通路

    木樽は、単なる「容器」ではない

    木樽の中では、原料だけが発酵しているわけではありません。

    長年使い込まれた樽には、その樽固有の微生物環境が形成されています。

    酵母や乳酸菌をはじめとするさまざまな微生物が棲みつき、過去の仕込みの記憶とも言える環境が、次の発酵へと影響を与えます。

    同じ原料、同じ配合、同じ温度で仕込んだとしても、樽が変われば発酵の表情が変わります。

    つまり木樽とは、単なる発酵の「器」ではありません。

    そこには、素材としての木だけではなく、微生物と時間によって形成された固有の発酵環境があります。

    日本の味噌・醤油づくりでは、こうした環境の中に原料を仕込み、容器由来の微生物や、いわゆる野生酵母の作用を受けながら発酵を進めてきました。

    これは、近代的な発酵管理とは異なる思想です。

    すべてを完全にコントロールするのではなく、長い経験の中で、その環境と付き合っていく。

    言い換えれば、日本の醸造文化は、微生物を排除するのではなく、微生物と共存することで発酵を成立させてきた文化でもあります。

    調合桶とろ過機

    それでも、最後には「安定」が求められる

    一方で、食品として市場に出す以上、自由な発酵だけでは成立しません。

    お客様は、昨年購入した商品と今年の商品が、大きく違わないことを期待します。

    味噌や醤油において、毎年の品質を安定させることは、長年にわたって培われてきた重要な技術です。

    木樽には樽ごとの個性があります。

    その個性をそのまま製品にすると、仕込みごと、樽ごとに味わいが変わってしまう。

    そこで、醸造家はそれぞれの樽の特徴を見極め、複数の樽を組み合わせ、ブレンドすることで一定の品質へと整えていきます。

    これは、一見すると「個性を消している」ようにも見えます。

    しかし、実際にはそうではありません。

    樽ごとの個性を知っているからこそ、ブレンドによって品質を設計できる。

    ここには、日本の醸造が長い時間をかけて培ってきた、高度な「安定」の技術があります。

    火入れ釜

    安定させるための酵母

    味噌や醤油づくりにおいて、酵母や乳酸菌を添加することにも、同じような意味があります。

    発酵を安定させる。

    狙った微生物を働かせることで、発酵の再現性を高め、毎年大きくぶれない製品をつくる。

    市場が成熟し、食品に対する品質要求が高くなるほど、この考え方は重要になります。

    「昨年と同じ品質であること」。

    これは食品製造において、一つの大きな価値です。

    しかし、私たちはここで、もう一つの可能性について考えるようになりました。

    酵母を、発酵を安定させるためだけに使うのではなく、酵母そのものが持っている個性を、製品の特徴として引き出すことはできないか。

    室(むろ)に付いた「髙茂改良型」の文字

    ワインや日本酒が教えてくれること

    この考え方は、ワインや日本酒の世界を見ると、より明確になります。

    酵母は単に糖をアルコールへ変換するための存在ではありません。

    どの酵母が働くのかによって、香り、酸、アルコール、味わいの複雑性など、最終的な酒の表情が変わります。

    だからこそ、醸造家は酵母を選び、酵母の特徴が最も発揮される環境を探ります。

    容器についても同じです。

    例えばワインでは、発酵の初期段階をステンレスタンクなどのクリーンな環境で管理し、その後、樽へ移すことで、木や容器が持つ特徴を意図的に加えていくという考え方があります。

    ここでは、

    「どの微生物を働かせるのか」
    「いつ、どの容器に移すのか」
    「どこまで環境を管理し、どこから環境に委ねるのか」

    という設計が重要になります。

    木樽を使うことそのものが目的ではありません。

    重要なのは、木樽が持つ環境を発酵の一部として、どのように扱うかなのです。

    Viamver®酵母で発酵実験中の醤油諸味

    ヤマモが発見したViamver®酵母

    私たちヤマモは、味噌・醤油醸造の中で、Viamver®酵母を発見しました。

    この酵母には、これまで私たちが扱ってきた味噌・醤油用の酵母とは異なる特徴があります。

    特に注目しているのが、塩分のある環境に対する耐性、アルコール生成能力、そして発酵によって生まれる香りとうま味です。

    通常、味噌や醤油においては、塩分は微生物の活動を制御する重要な要素です。

    塩分が高ければ、望ましくない微生物の増殖を抑えることができます。

    一方で、塩分が低くなればなるほど、発酵環境の設計は難しくなります。

    私たちは、Viamver®酵母の性質を研究する中で、こうした条件そのものを変えることで、この酵母の特徴をさらに引き出せるのではないかと考えました。

    試験醸造の製品が並ぶ仕込蔵

    酵母に合わせて、造りを変える

    ここが、私たちの現在の取り組みの重要な部分です。

    一般的な製造では、

    「この製品をつくるために、どの酵母を使うか」

    という考え方があります。

    私たちはそこから一歩進め、

    「この酵母は、どのような環境なら最もその個性を発揮するのか」

    という問いを立てています。

    温度、塩分濃度、原料(素材)、発酵期間、容器、酵母が活動するタイミング。

    一つひとつの条件を変えながら、Viamver®酵母の能力を引き出していきます。

    つまり、酵母を既存の製法に当てはめるのではなく、酵母に合わせて製法そのものを組み立て直していくということです。

    その結果として、私たちは低い塩分濃度でありながら、アルコール生成による豊かな香りと複雑性、そしてうま味の奥行きを持つ製品をつくることができるようになりました。

    諸味蔵で大正期から使用する木桶

    「安定」と「個性」は、対立しない

    ここで、最初の問いに戻ります。

    発酵とは、安定させることなのか、それとも、個性を引き出すことなのか。

    私たちは、その二つは本来、対立するものではないと考えています。

    大切なのは、個性を偶然に任せることではありません。

    どの菌が働いているのか。

    どのような環境で活動するのか。

    どのような香りや味わいを生み出すのか。

    それを理解し、観察し、再現できるところまで設計する。

    個性を扱うためには、個性を理解するための高度な安定性が必要です。

    これは、木樽についても、酵母についても同じです。

    樽ごとの違いを理解しているから、ブレンドによって味を設計できる。

    酵母の違いを理解しているから、その酵母に適した発酵条件を設計できる。

    「安定」とは、すべてを均一にすることではありません。

    違いを理解した上で、必要なところをコントロールできること。

    私たちは、そう考えています。

    令和6年度の仕込風景

    150余年の醸造の、その先へ

    ヤマモは1867年から、秋田県湯沢市岩崎の地で味噌と醤油をつくってきました。

    木樽を使い、微生物の働きに委ね、長い時間をかけて発酵させる。

    そして、樽ごとの違いを見極め、ブレンドし、毎年の品質を守る。

    それは、先人たちが積み重ねてきた技術です。

    私たちは、その技術を否定するのではありません。

    むしろ、その上に立っているからこそ、次の問いを持つことができます。

    もし、これまで均してきた「個性」を、意図的に引き出すことができたら、

    もし、木樽に棲む微生物の個性を理解し、その環境を設計できたら、

    もし、Viamver®酵母が持つ能力を最大限に引き出すことができたら、

    味噌と醤油は、進化する領域があるのではないか、と。

    伝統とは、過去と同じものをつくり続けることだけではありません。

    過去の技術を理解し、その先にある可能性を探ること。

    私たちは、150余年続いてきた発酵の時間を受け継ぎながら、菌と容器と原料、そして時間の関係をもう一度見つめ直しています。

    発酵を管理するのではなく、発酵を意図する。

    菌の個性を消すのではなく、その個性が最も美しく現れる環境をつくる。

    それが、現在のヤマモが取り組んでいる発酵です。

    2019年Viamver®酵母発見の妙見蔵