「ただいま。」と言える場所

暖かさの秘密

北国の家の中はとても暖かい。頬が自然と赤らむ暖かさだ。この暖かさは何処からやって来るのだろう、という疑問を持った。強力な石油ストーブからか、点きっぱなしの掘り炬燵からか、それともお洒落な暖炉からだろうか。私はその答えを千葉さんのお宅で見つけた。

その日も外は雪舞う厳しい寒さ。雪を体にくっつけたまま、千葉さん宅の玄関を抜け居間に入ると、もうコートは必要なかった。居間の奥には、千葉さんのお気に入りの場所。

北国の暖かさは、いつもテキパキと働くお母さんたちの仕事場、台所からやって来ていたのだ。

千葉さん宅に遊びに行くと、いつも手作りのおやつを出してくれる。その日私を迎えてくれたのは「小豆でっち」と「二色寒天」。「小豆でっち」はこの地域に伝わるおやつで、もち米と茹でた小豆を使った、言わば「おはぎ」のようなもの。素朴な甘味が懐かしい気分にさせてくれる。「二色寒天」は葡萄ジュースを使った、見た目も鮮やかなおやつ。寒天を二層にするところが一番難しく「腕の見せ所である」、と千葉さんの誇らしげな笑顔とともにいただく。

 

御もてなしを受ける間、少々厚めの眼鏡をかけたご主人とも茶飲み話に花が咲いた。ご主人のほっぺたもまた、桃色に染まっていた。千葉さんの手料理が大好きだというご主人。おやつとともに「ごちそうさま」、である。

この地に生まれ、この地で育ち、結婚し、子供が独立していった。料理が好きで、面倒なことが好きで、お話好きで、もてなし好き。まさに湯沢の典型的な「お母さん」である千葉さんから、失ってはならない大切な郷土の宝を沢山受け継ぎ伝えたい。そんな思いで私はこのお宅をたびたび訪れている。

ご主人は定年後も趣味を兼ね、畑を耕している。

 

大きな鍋は栄養満点

汁物はとにかく大量に作る。これが一番独特なこの地の文化かも知れない。秋田の人達は味噌汁を何杯もおかわりする。だから汁物を大量に作ることが、お母さんたちの愛情の表れであったりもする。さらに具材もたっぷり。味噌汁の具が豆腐とネギ、なんて甘い甘い。五種類以上の具材は当たり前。それを賽の目状に細かく切って入れる。そうすることによって沢山の栄養を一度に摂れる。寒さ厳しい冬を乗り切るためには、豊富な栄養を一度に摂取出来る汁物が欠かせないのだ。時間はかかるけれど沢山の具材を細かく切る。これも秋田のお母さんの愛情のひとつだ。

納豆汁の具材がずらりと並ぶ。食べやすいようにと、細かく丁寧に切られていた。

 

 

まず千葉さんが作ってくれたのが「芋の子汁」。「芋の子」とは里芋のこと。里芋が採れたら新鮮なうちに芋の子汁にするのが、みんなの毎年の楽しみだ。ちなみに芋の子汁の具材はというと、里芋・糸コンニャク・鶏肉・油揚げ・豆腐・なめこ・白髪ネギ、の計七種類。単なる御飯の添え物としての汁物を通り越し、ひとつの立派な料理としていただく。これを仮に毎日三杯食べていたら、大変な雪下ろしだって乗り切れそうだ。

お次は魚を使った「酒粕汁」。こちらももちろん具沢山で、その上サケの切り身と酒粕を使用した贅沢な一品だ。千葉さんが今回使用したのは「板粕」という絞りたての生粕で、あまり手に入らない代物。板粕は硬いため、大さじ二杯の酒をかけて一晩おいて柔らかくする。前日から私のために準備をして下さったことを知り、感謝の気持ちを抱きながらいただいた。それに、「サケ粕汁」に「サケの切り身」を入れる、という粋な言葉遊びに感銘を受けたり受けなかったりしながら。

最後の汁物は「納豆汁」。千葉さん、おもむろにスリッパを脱いで擂り鉢を扱ぎ始めた。この地の納豆汁は納豆を大胆に擂り潰して入れる。こうすることによって納豆の旨味が増幅される。さらに美味しい食べ方として教えてくれたのが、塩漬けのワラビを入れること。春先に採れたワラビを塩漬けし、冬の納豆汁に入れて食す。これに至っては、ほぼ一年先の料理の仕込をすることになる。「面倒なことが好き」という千葉さん。これはもはや「面倒なこと」なんかじゃなく、「一年かけて家族に美味しいものを食べさせる」という、大きな大きな愛情を感じずにはいられなかった。